人と話をする時の目線の持っていき方
どこに目線を持っていっていいのか分からない
人としゃべっている時、どこを見てしゃべればいいのかと思ったことはないでしょうか?
目を見るのか、顔をぼんやり見ればいいのか、何秒間見ればいいのか?・・・
よく考えてみると、いつも何も考えずにしゃべっているけど、どうやっているのかは分からないでしょう。
何かのきっかけで一回気になりだすと、しゃべる内容そっちのけで、どのタイミングで目を見るかとか、目をそらすかとかばかりが気になって挙動不審になり、とても会話どころではないという経験はありませんか?
実際にどこを見てしゃべればいいのか、なぜ目線が気になってしまうのか、人によっても違うと思いますが、自分が経験したことで探っていきたいと思います。
話に集中出来ていないと気になる
目の前の人との会話の内容に集中できていないと、しゃべるときに自分の目線が気になります。
集中できていれば、自分の目線などは忘れてしまっています。
次に自分が言いたいという事に意識が向いているからです。
集中できていないのに、何とかしゃべろうしゃべろうとしているので、どう見られているのか気になり、意識が散ってしまいます。
そういう場合、集中できていないこと、上の空の状態を誤魔化さずに受け止めることが重要です。
では、なぜ集中できていないのでしょうか?
①目の前の人に嫌われない様に、守ろうとしている
自分が何か良い印象を与えたと思っている、もしくは与えたいと思っていて、それを壊したくないと思っていると、目線が不自然になります。
不必要な時に相手を見て、自分をどう思っているのか確認しようとしたりします。
若い時などは、自分がどう思われているのか、格好良いと思われているんじゃないか、などと思い過ぎて、どこを見てしゃべっていいのか分からなくなってしまったりします。
嫌われたくない、自分のイメージを壊したくないなどと思っていると逆に挙動不審な会話になってしまいます。
特に異性に対して、若いうちはちゃんと目を見てしゃべれなかったりする人は多いんじゃないでしょうか?
これは若い方の可愛い所でもあり、悪いことではありません。
徐々に徐々に、目線という外側の行為よりも、本質である中身を伴った行為や会話の重要性が分かってきて、意識が自然とそっちにいくので、年齢を重ねるごとに次第に気にならなくなってきます。
嫌われてもいいと、意地を張る訳でもなく本当にスッと思えてしまっても楽になります。
嫌われないことも良く見せることも、どちらも自分ではコントロールできない部分なので、捨ててしまって気にせずに会話していきたい所です。
②会話の内容に興味がないが必死に合わせようとしている
本来会話中に、上の空になったり、興味がなくなってしまうことは結構あることです。
それを隠すのではなく、自分が話したい話題に持っていったり、自分が興味がなくなったことを探るために相手に質問していったり、そういう状態を知ってから自分が何かをすればいいわけで、それ自体を誤魔化す必要はありません。
相手が高圧的な人で、どうしても興味がなくても合わさなければいけない関係性ならばしょうがありませんが、そういう場合でも話を合わせる必要はないと言いたいです。
本来の会話は、相手と譲歩しながら自分の心地の良い方向に話を持っていくという無意識の駆け引きであり、ただ相手の話しに反応するだけであれば、自然と興味はなくなっていきます。
興味がないんですから、それに対して何を言っていいのか、どう反応していいのか分からず、目線が不自然になるのは当然です。
人の話しなんて面白い話はほとんど存在しなく、興味がないのが普通なので、興味が持てない自分がおかしいのかなど思う必要はなく、それよりも自分が何を言いたいかに軸を置くべきです。
③自分は目線がおかしいと思い込んでしまっている
しゃべる時にどこを見てどうしゃべっているのか?とたくさんの人に聞いてみると、恐らく誰もちゃんと答えられないのではないでしょうか?
なぜなら、ほとんどの人が深く考えたことも、気にしたこともないからです。
しかし、言われてみると確かによく分かりませんし、確固たる答えもありません。
どちらかというと、分かりきっているから考える必要がないというのではなく、分からないから考えられないということなのではないでしょうか?
なので、自分は目線ばかり気になるという人は決しておかしい訳ではなく、むしろ繊細な人で、考え出したら誰しもが陥ることだと言えます。
無意識に近くてやっていることを、どうやっているんだ?と不安に思いながらやると、人間の動作はほとんど不自然になります。
考えずにやっていることが普通だとしたら、考えながらやるとそれだけ気が散っているという事ですから、仕草でも動作でも表情でも全てぎこちなくなります。
相手の目を見てしまうと良い
目線や仕草というのは、自分が思っている内面の氷山の一角でもありますから、思っていることを変えていくという作業が根本的に必要ですが、実際に出来る行為としては、相手の目をずっと見てしまうという事です。
何秒見ればいいのか、どのタイミングで見ればいいのか、などともう訳が分からない状態であれば、話す時は常に相手の目を見続けるのが良いです。
目を合わさないでしゃべると相手に不快な思いをさせることもありますが、合わし続けていて不快ということはまずありません。
むしろ、誠実な人だとさえ思われるかもしれません。
目を見るのをベースにしておけば、見なくても良い時というのが分かってきます。
そうなると、目を見ても良いし見なくても良いと選択肢が二つ出来て、自然と会話しているときにどちらかを無意識に選択出来る様になります。
本来会話というのは相手の目を見ながらしゃべるものなので、ずっと見続けてもおかしいことではありません。
日本人は元々相手の目を見てしゃべるのが苦手な人種なんだと思います。
外国人の人としゃべると、国や人種で一概には言えませんが、日本人と比べて驚くぐらいこっちを見続けてしゃべります。
間が空こうがしゃべっていようが常にこっちの目を見続けてきます。
自分の言っていることを伝えるために、また相手からも汲み取るために、相手を見るという事に何ら抵抗はないのでしょう。
どうしていいのか分からない時は、とにかく相手の目を見続けてしまいましょう。
目的がないから気になる
そもそもなぜ自分の目線が気になってしまうのか、上記でも触れていますが、会話に集中していない状態が続いているからであり、目的がないということが本質です。
会話はただの言葉のやり取りではなく、互いの思惑のぶつかり合いであり、そうでない状態は目的が欠如しています。
例え、相手の話しに興味が持てなくても、自分が興味が持てるまで詳しく聞いていったり、もしくは自分がしたい話をしてしまうことも出来て、相手の話しに興味があるないに関わらず、自分がこの会話を面白くしようと働きかけることが出来ます。
それこそが目的に向かった行動であり、そういった行動を常に行っていれば、自分の視線や仕草などを気にする余裕はありません。
会話は、単に相手がした話を自分が聞いて、今度は自分の話しを相手が聞いて、というだけの交代制のやり取りではありません。
嫌われない様にしゃべるというのも同じで目的がなく、それならば、むしろ嫌われてやろうと思ってしゃべる方が目線は気にならなくなります。
もちろん、本当に嫌われることをするという意味ではありません。
自分は目線がおかしいのではないか、と思ってしまっているのも、自分が何をしゃべりたいのか言いたいのか、ということが抜けてしまっています。
目線がおかしいからしゃべるのが苦手ということではなく、単に、自分から相手に伝えたいことがない、言いたいことがないから、自分からは何も働きかけはせずに、結果どうして良いか分からない、という事はないでしょうか?
哲学的になりますが、まずは自分がこの先どういう目標に向かって生きていくのか、自分は何が好きで何が嫌いなのか、日常で起きる目の前のことに自分はどう思ってどんな意見を持っているのか、など、自分自身を知っていく必要があります。
自分が具体的に言いたいことが分からなければ、目的を持って会話をするという事が難しくなるからです。
大局的に見て、自分が向かう道がはっきりと見えていて自分に自信が持てれば、目の前の会話は通過点ですし、言いたいことも自ずと出て来るはずです。
目的と言っても難しいかもしれませんが、目線はまず置いておいて、会話した内容に着目し、自分がもっと言えることがなかったか、本当は何を言いたかったのかなどを探っていくことが重要です。
意外に相手は気にしていない
自分は気になっていても、相手は自分の目線はさほど気になっておらず、忘れられてしまうことがほとんどです。
相手を不快にさせてしまったのではないかなどと思っても、相手はケロッとしていたりするので、実際に会話中に目線で人を傷つけるということはありません。
もし相手が不快になっていたら、きっとそれは別の理由でしょう。
たくさんの人と会い、接していくうち、大事な本質は目線や仕草ではないと気づいてきます。
今まで接してきた人はなぜか自分を避けているように感じていて、それは自分が会話が苦手だからだ、などと思っていても、ただ自分と相性が合う人と出会っていなかっただけかもしれません。
本当の会話は、表面的な目線や仕草などを平気で乗り越えて自分の心に何かを訴えかけてきます。
気になってしまっている人は、だんだんと自分が分かってくるので、安心してください。
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